「それで誰なんだい? オルニアスをこの世界に召喚したかもしれない人物って言うのは」教室の入口で2人で中を覗き込みながらセラフィムが尋ねてくる。「ほら、あの真ん中の列の後ろから3番目の席を見て頂戴。眼鏡をかけて本を読んでいる女子生徒が見えるでしょう?」「ああ……あの女子学生か。うん、誰か分った。彼女がオルニアスを召喚したに違いない」「え? やっぱりそうだったのね!?」私の勘は正しかったんだ!「……と、ユリアは思うんだね?」ガクッその言葉に脱力する。「ね、ねぇ……紛らわしい言い方しないでくれる?」するとセラフィムは笑った。「ごめん、ごめん……。ユリアがあまりにも真剣だったから、要望に応えてあげようかと思ったんだけど。やっぱり僕には彼女がオルニアスを召喚した人物かどうか分らないよ」「え? でもさっきは会ってみないと分らないと言ったじゃないの?」「違うよ。僕は会ってみないと何とも言えないと言ったんだよ。つまり、会ってみないと分るかどうかも何とも言えない、という意味で言ったんだよ」……どちらも同じ意味合いに聞こえるけれども……。「ところで……やっぱり今のオルニアスがセラフィムの半身で出来ていると言うのは本当みたいね? 何となく性格が2人共似ているもの。尤も彼の方がずっとセラフィムよりもひねくれているけどね」「それはそうだろう? 何しろ彼は捻くれ者だったからね。だから堕天使として魔界に落ちてしまったんだよ。自分の意志で天使をやめて人間界へやってきた僕とは違うよ。でも……もうこうなったら本人に直接尋ねた方がいいかもね?」その時。「あの……中に入らせて貰いたいのだけど……」声をかけられ、振り向くと私たちの後ろに10人程の生徒の列が出来ていた――****「……」窓際の一番後ろの席からじっとノリーンの様子を伺った。彼女は真剣な眼差しで授業を聞いている。……それにしても妙だ。先程ノリーンはジョンに会って、学校を辞めたと言う話を聞いているはずなのに、何故制服を着て授業を受けているセラフィムを不思議と思わないのだろうか……?私は悶々とした気持ちを抱えながら授業を受け……午前の授業は全く集中することが出来なかった――
オルニアスが姿を消した途端、腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。「大丈夫だったかい? ユリア」セラフィムがかがんで手を貸してくれた。「あ、ありがとう……」震えながらも何とか立ち上がると、ベルナルド王子がズカズカと私の所へやって来た。「おいっ! ユリアッ! お前……本っ当に俺のことを好きではないのか!? 答えろっ!」この語に及んで意味不明なことを口走るベルナルド王子。しかし、こんなことを脅迫まがいで大声で尋ねてくるとは……。「それならお尋ねしますけど、今の私はベルナルド王子を好いてるように思えますか?」「……う……。そ、それは……。だ、だが以前のお前は……!」「確かに記憶が操作される前の私はベルナルド王子のことを好きだったのかもしれませんが、はっきり申し上げます。今の私は王子には何の興味もありません。なので早く婚約破棄して下さい。よろしくお願い致します」言いながら頭を下げた。「え〜と……それじゃ、話もまとまったことだし……ユリア。そろそろ教室へ戻ろうか?」セラフィムに声をかけられた。「ええ、そうね。それではベルナルド王子。これで失礼致します。帰りの馬車は必要ありませんから」「お、おい! まだ話は終わっていないぞ!?」引き留めようとするベルナルド王子。「大体、ベルナルド王子は私のことを嫌っていましたよね? いつも邪険にしていたじゃありませんか? それを何故突然に手の平を反したかのようになったのです?」「う……そ、それは……」そこでベルナルド王子は黙ってしまった。「ベルナルド王子……そもそも私が命を狙われているのは私が貴方の婚約者で、ある人物に嫉妬されているからなんですよ」「え? そ、そうだったのか?」「はい、なので自分の身を守る為にもベルナルド王子とは婚約を破棄していただきたいのです。そうすれば相手も私の命を狙う必要は無くなりますよね?」「ユリアはもうその人物が誰か見当がついているんだよね?」セラフィムが質問してきた。「ええ、勿論よ」「それは誰だっ!?」ベルナルド王子が大きな声で尋ねてきた。「……生憎ですが、それはお話することは出来ません」「何故だ? その人物を締め上げてやるぞ?」「だからっ! お話出来ないんですっ! これ以上無駄な恨みを買いたくないんですよ。締め上げてやるなんて言われたら尚更言えません」
「わ、私は……べ、別に2人きりになんかなりたくないわよ」まずい、声が震える。私の動揺がオルニアスに伝わってしまう。「へぇ? つれないな。さっきは俺のことを好きだと言っただろう?」オルニアスは何処か楽しそうに笑う。「あ、あれはち、違うわよっ! ちょっとしたこ、言葉の綾よ!」ゆっくりと後ずさりながら私は距離を取るも、オルにアスは迫ってくる。「ふ〜ん。それじゃ俺のことを好きだ言ったのは嘘だったというわけか?」「当然じゃないのよっ!」大体何処の世界に自分を殺そうとしている人物を好きになれるだろうか?「なるほど……。どうやら本心からの言葉のようだが……。そうか、俺はお前のこと悪くないと思っていたけどな。それは残念だ」ちっとも残念そうに見えないオルニアス。「だ、だったらもう私のこと殺そうなんて思わないでよ! そ、それに話聞いてたなら分かったでしょう!? 私は王子のこと好きでも何でも無いし、婚約破棄だってしたいんだからっ!」「な、何だって……?」突然背後で声が聞こえ、振り向くと顔が真っ青になっているベルナルド王子が立っていた。その隣にはセラフィムもいる。「まさか、もう怪我が回復していたのか? 油断していたよ」セラフィムの言葉にオルニアスが不敵に笑う。「ああ、お陰様でな。元を辿ればこの身体の元になっているのはお前自身だからな」「おいっ! ユリアッ! い、今の台詞は本当なのか? 俺のことは好きでも何でも無いっていう話は……そ、それで俺との婚約破棄を望んでいたのか?」ベルナルド王子はどうでも良い話を持ち出してくる。「わ、私知ってるのよ! オルニアスを召喚したのが誰か……それに何故私が命を狙われているのかもねっ!」私はセラフィムの背後に隠れながらオルニアスに訴えた。「へぇ……? 俺の本当の名前……もうバレていたのか? だが、お前にはジョンて呼んでもらいたいけどな?」「おい! ユリアッ! 今の話は本当なのか!? お前、あれほど俺に相手にしてもらいたくてつきまとっていたくせに……今は違うって言うのか!?」「ベルナルド王子! 少し黙っていて下さいっ! そんな話今はどうだっていいじゃないですかっ!」「ど、どうでもいい……」私の言葉に明らかにショックを受けるベルナルド王子。「オルニアス。いい加減ユリアの命を狙うのは諦めて魔界へ帰ったらどうだ?
「ジョ、ジョン……」ジョンの姿に、気づけば打ち上げられた魚のようにパクパク口を動かしていた。嘘でしょう? ど、どうしてジョンがここに……?いや、そうでは無い。私はいつどこでジョンに命を狙われていてもおかしくないのに、セラフィムがジョンに傷を負わせて一時的に追い払った話を聞いて、すっかり油断してしまっていたのだ。しかも肝心のセラフィムは側にいないし、頼りにならなくてもいないよりはマシなベルナルド王子だっていないのだ。逃げなくてはいけないのに、逃げられない。いや、そもそも逃げ切れるはずもない。私の動揺をよそに、ノリーンはジョンに話しかけた。「え? ジョンさん? おはようございます。随分お久しぶりですね」やっぱりノリーンにはジョンの記憶があるんだ。他の誰にもジョンの記憶は残っていないのに……。「ああ、おはよう。ノリーン」ジョンはヒラリと木の上から飛び降りた。ジョンはマント姿だった。「あら? ジョンさん。制服は着ていないのですか?」「ああ、学校は辞めたからな。だからもうここの学生じゃないんだ。ところで……」ジョン……いや、オルニアスは腰に手をあててチラリと私を見た。その視線に思わずビクリと肩が跳ねる。「ノリーン、悪いが席を外してくれないか? ユリアと2人きりで話がしたいんだ」笑みを浮かべてノリーンを見る。「ええ、そうですね! 何しろユリアさんに告白されたも同然ですから!」その言葉にギョッとする。ちょ、ちょっと! 余計なこと言わないでよ!「ああ、そうなんだ。俺のことを好きだと言ってくれているんだから……ちゃんと返事をしてあげないとな?」そして意味深に私を見た。「い、いえ! け、結構よっ! そ、そんなつもりであんなこと言ったわけじゃないから……」身体から血の気を引かせながら後ずさった。「告白するのにそんなつもりもこんなつもりも無いだろう? ユリア」すると再び余計なことを言うノリーン。「そうですよ、ユリアさん。それじゃ私は行きますね。お邪魔しました」ペコリと頭を下げて立ち去るノリーンに慌てて声をかけた。「ノ、ノリーン!!」「はい?」振り向くノリーン。「あ、あのね! さっきも話したけど私はベルナルド王子のこと、好きでもなんでもないから! こ、婚約破棄だってしてるから!(多分)」「はい、分かりました。それじゃ!」ノリー
私が教室に姿を見せると、中にいた学生たちが一瞬こちらを振り向き、驚きの表情を浮かべた。まぁ、それは当然かも知れない。何しろ恐らく私は10日以上学園を休んでいたことになっているのだから。 そしてノリーンもじっと私を見つめている。私は自分の席にカバンを置くと何食わぬ顔で彼女に近づいていく。するとノリーンは私に笑顔を向けてきた。「おはようございます、ユリア様。随分お休みされていたようですが……どうかされたのですか?」「ええ。ちょっと屋敷でトラブルがあって出るに出られなかったのよ」私は言葉通りに自分の身に起こった出来事を伝えた。……現に屋敷の中に閉じ込められて気づけば10日感経過していたのだから。「まぁ……そうなんですか? 色々大変だったようですね?」「ええ、そう。大変だったわ。今も色々問題を抱えてはいるけれど……多分もうすぐ解決するはずだから」「そうなのですか? それは何よりです」そして見つめ合う私とノリーン。「「……」」私とノリーンの会話はまるで互いの腹のさぐりあいの様だ。それともノリーンは私がまだ何も気付いていないと思っているのだろうか。こうなったら……。「ねぇ、実はノリーンにちょっと話があるのよ。ここでは話しにくいから、教室の外に出ない」「外ですか? はい、いいですよ」「本当? なら早速行きましょう」「はい」そして私はノリーンと一緒に教室を出た―― 2人で中庭へやってくると、大きな木の下に置かれたベンチに隣同士に座った。私達の目の前には色とりどりの花が咲いた美しい花壇が目の前に広がっている。さて……何と言って切り出そう。「あの……ね、ノリーン」「はい」「好きな人はいるの?」「え!?」」いきなりの質問に目を丸くするノリーン。まぁ確かにいきなりこんな質問をされたら誰だって驚くだろう。「何故突然そんな話をしてくるのですか?」「じ、実はね! 私……そ、その……好きな人がいるからノリーンはいるのかなって思って聞いてみたのよ」「……」ノリーンは訝しげな目で私を見ている。う〜ん…やはり話の持って行き方を間違えてしまったか…。「はい、います」しかし彼女は素直に答えてくれた。「ほ、本当? いるのね!?」「はい……います。私なんか、到底相手にして貰えないのは分かっているんですけどね……」「そ、そうなのね……」間違い
「ああ、それはね、ユリアは今何者かに命を狙われているからその護衛騎士として雇われて、一緒に暮らしているんだよ?」「何だって? 命を狙われているだって!? ……言われてみればそんな気がするが……」ベルナルド王子は腕組みをしながらしきりに首を傾げている。するとセラフィムが小声で耳打ちしてきた。「どうやら王子の記憶を操作し過ぎてしまったかもしれない。かなり混乱しているようだよ」「仕方ないわ。なるようになるわよ」「おい! そこの2人! 距離が近い!」ベルナルド王子が私とセラフィムを交互に指差す。「ところでベルナルド王子。何故私を迎えにいらしたのですか?」何故王子は今日もここに来たのだろう?「それはお前と一緒に登校する為だろう?」「何故ですか?」「うぐ! そ、それは……そう! お前が何者かに命を狙われているからだ!」「それならもう大丈夫です。ほら、この通り私には心強い護衛騎士がついておりますから」隣に座るセラフィムを見る。そして黙って頷くセラフィム。「い、いや! だが……この馬車は安全だぞ? 少々の魔法攻撃くらいではびくともしないからな」「僕なら馬車全体に防御壁を張れるから特殊馬車じゃなくても大丈夫だよ」セラフィムの言葉にベルナルド王子の眉がぴくりと上がる。「ふははっはは……そ、そうか。なかなかお前は腕に覚えがあるのだな?」「当然だよ。ユリアの護衛騎士をしているんだからね」「ほ〜う。そうか……すごい自信だな」「まあね。実際僕は腕に自信はあるからね」……何故だろう? 先程からこの馬車の中に殺伐とした雰囲気が流れている。それにセラフィムとベルナルド王子が火花を散らしているようにも感じる。けれど、私がベルナルド王子に関わるのは非常によろしくない。何しろ私の命を狙っているのはノリーンで間違いないはずだから。「ベルナルド王子。私を心配して下さるお気持ちは嬉しいのですが、もうお迎えに来ていただかなくて結構ですからね。いえ、と言うかはっきり申し上げれば逆に迷惑なので私にもう関わらないでいただけないしょうか? お願いします」「な、何だって!? お、お前……本気でそんなこと言ってるのか? 何故俺が迷惑なんだよ!」「それは王子のせいで恨みを買いたくないからです」「一体どういうことなのだ!?」「それはですね……」そこまで言いかけたとき、御者が